麻婆豆腐の迷宮に迷い込んだ


ma-botoufu

十数年前、一人暮らしを始めた時から数えると、もう何百回と麻婆豆腐を作ってきました。最初に自分で手作りした麻婆豆腐のあの美味しさ、あれは感動しましたね。こんなに簡単で、こんなに安くて、こんなに美味いのかと。麻婆豆腐を覚えたての頃は、週に二~三回は食べてたと思います。ご飯も毎回二合くらい炊いて、麻婆豆腐と一緒に完食してました。紹興酒入れたり、花山椒を掛けたり、トウチを入れたりすることで味がどんどん本格的になっていって、美味しかったし、作るのが楽しかったです。それくらい麻婆豆腐が大好きでした。

しかし、麻婆豆腐を覚えてから数年後、人に自分の料理を振る舞う機会が増えてきてから、徐々に、美味しく作れなくなってきたんです。あれだけ美味しく作れていた麻婆豆腐が、何故か美味しく作れない。あれから私は、麻婆豆腐の迷宮に、迷い込んだのでした。

私の麻婆豆腐の作り方

私の麻婆豆腐は、NHK今日の料理で陳建一が作っていた作り方が基本となっています。作り方の流れやポイントの説明の仕方、全て陳建一がテレビで言ってたものです。作り方をまとめると、こんな感じになります。

■材料
豚挽肉
ニンニク(みじんぎり)
ネギ(みじんぎり)
豆腐(サイの目切り)
トウチ

■調味料
甜麺醤
豆板醤
醤油
コショウ
鶏ガラスープの素
紹興酒
水溶き片栗粉
花山椒

■手順
1. ニンニク・ネギをみじん切りにする
2. 豆腐はサイの目にして下茹でする
3. 豚挽肉を炒める
4. ニンニクを入れて炒める
5. 調味料を入れて炒める(甜麺醤・豆板醤・トウチ)
6. 水を入れる
7. 調味料を入れる(醤油・紹興酒・鶏ガラスープの素・コショウ)
8. 豆腐を入れる
9. 煮る
10. 水溶き片栗粉を入れてとろみつける
11. ネギ入れる
12. 完成
※お好みで花山椒を振りかけてお食べください

これを動画にしてニコニコにアップしたのがこの動画でした。

今でも基本的な作り方はこの動画の通りなのですが、何故か、美味しい時と美味しくない時があるんです。美味しく出来た時は、濃厚な口当たりなんだけど、舌に残らず口の中から味がすっきりと気持ちよく消えていく、あの美味しさになります。しかし美味しくない時は、すっきり感がなく、なにかもさっとした味になります。色々考えながら作っても、どうしても味が安定しません。何が原因なのか、数年に及ぶ試行錯誤が始まりました。

味がぶれる箇所の特定

まず最初に、味が安定しないのは調味料を加える時に違いないと考えました。調味料を加えるのは、手順5のと手順7の部分です。

手順5は、豚挽肉を炒めながら調味料を加える工程です。ここでは甜麺醤・豆板醤・トウチを入れるんですが、麻婆豆腐の味に強い影響を与えているのはどれかと考えます。豆板醤は、風味もありますがやはり辛みを付けるのがメインの調味料です。豆板醤以外で辛みを付けてもそこまで味が変わらない印象だったので、豆板醤は美味しくならない直接の原因ではないだろうとしました。また、トウチは独特の風味と塩っ気で味にアクセントを付けるのが目的なので、これも美味しくならない直接の原因ではないと考えました。トウチ入れなくても、美味しくなる時は美味しくなるので、その結果からも関係ないと言えます。そして、甜麺醤。甜麺醤は中華の甘味噌で、これがあの麻婆豆腐の味を作っているのは明白です。手順5の中で、味に強い影響がある要素は甜麺醤だとしました。

手順7は、炒めた豚挽肉に水を入れ、調味料を加えて行く工程です。加えるのは醤油・紹興酒・鶏ガラスープの素・コショウの4つです。この中で、紹興酒・コショウは風味を付けるのがメインなので、味に対する影響度は低いと考え、検討対象からは除外。そこで醤油と鶏ガラスープの素は味への影響が大きいので、手順7では醤油と鶏ガラスープの素が味に強い影響を与える要素としました。しかし、醤油や鶏ガラスープの素を入れない状態で味見したり、ちょっとずつ入れて何度も味見をしたりしたのですが、これが味のぶれる原因だ! と言う要素が見当たりませんでした。そして、何度も何度も味見をしてるうちに、これらの調味料を入れる前から美味しいか美味しく無いかが決まってると思うようになりました。

これらのことから、味がふれる箇所は手順5の「豚挽肉に甜麺醤を入れて炒めるタイミング」として、そこからまた試行錯誤が始まりました。まぁ、これも今思えば勘違いだった訳です。

調味料が目分量なのがいけない?

調味料は基本目分量で入れてたので、豚挽肉の量に対して入れる甜麺醤の量を、意識するようになりました。豚挽肉は毎回300gとして、甜麺醤の量はいつものティースプーンでもりっと3杯入れるようにしました。大さじ3くらいのイメージです。分量を毎回同じにすれば、味が安定するはずだと考えた訳です。しかし、やはり味がぶれてしまいます。分量を守ったとして、味がぶれるという事は、調理方法にポイントがあるのではないかと考えました。次に着目したのが、甜麺醤を入れた時の炒め方でした。

豚挽肉に甜麺醤を入れた時の炒め方

テレビの料理番組か何かで、麻婆豆腐の作り方のポイントとしてこんなことを言ってたのを聞いたんです。「豚挽肉に調味料を入れた時、しっかりと炒めて豚挽肉に味を馴染ませないといけない」。これを聞いて、しっかりと炒めることであの美味しい味になるんだ! そこは意識してなかったわ~! と思って早速実践することに。最初は中火くらいで炒めてたんですが、じっくり時間を掛けて5分くらい炒めてると、調味料が鍋の端の方で焦げてしまうのに気が付いて、弱火でじっくり5分くらい炒めるようにしました。調味料が焦がしてしまうと、あのもっさりとした味になるんだろうなというイメージもこの時生まれてきました。また、調味料を入れた後にしっかりと炒めると、フライパンの中の油が濁っていた状態からどんどん透明になっていくんです。これは、入れた調味料が完全に豚挽肉に馴染んでいる状態だという説明をしてる料理人もいたので、その状態を目指してしっかり炒めるようになりました。

しかし、炒め方をいくら試行錯誤しても、やはり味がぶれてしまいます。そこから更に原因は別にあると思えれば良かったんですが、「炒め方が大事」という考え方に数年間捕らわれたまま、次のステップに移れませんでした。炒め方を意識するようになってから美味しく作れる率がアップしたのもあって、それが私の考えを縛っていました。率がアップしたのも、結局は気のせいだった訳ですが……。

ポイントは「炒め方ではない」と気が付いたきっかけ

「炒め方がポイントである」と信じて、毎回じっくりと弱火で5分くらい炒める作り方で数年間麻婆豆腐を作ってきた訳ですが、ある日偶然見たためしてガッテンのサイトで、自分の作り方に疑問が浮かんで来ました。

大発見!マーボー豆腐 激うま調理術 : ためしてガッテン – NHK

上記のリンク先に「調味料を入れてからスープを入れるまで」の時間の表がありました。つまり、豚挽肉に調味料を入れて炒める時間のことですね。表を見ると分かりますが、調味料を入れてから5分間も炒めている人は誰もいないんです。記事で麻婆豆腐を作ってる人たちは、名の知れた中華のプロばかり。その殆どが、調味料を入れてから炒める時間は30~40秒で、一番長くて90秒です。この記事を見た時に「5分も炒めるのは無意味なんじゃないか」と疑うようになりました。

しかし、この時は疑うようになっただけで、味のぶれに対する具体的な改善案は浮かんでいませんでした……。

そもそも麻婆豆腐の美味しい味とは?

結局麻婆豆腐の味のぶれのついて答えが出ないまま時間が過ぎていき、去年は味覚について考えるのがブームになっていました。「美味しい味」とはどのような状態なのかについてずっと考えていて、美味しい味について色々な文献を読んだり、この料理の味は人間の五味や五感のどこを刺激してるんだろう? そんなことを考えたりしてました。

そんな中、麻婆豆腐の美味しい味とはいったいどのようなものであるのか? を改めて考えてみたんです。そしたらですね、新しい発見がありました。私が好きな麻婆豆腐の美味しい味というのは、甘辛い味なんだ、ということに気が付いたんです。今までは漠然と美味しい、美味しくないと感じていましたが、自分の好きな麻婆豆腐の味が「甘辛い味」と意識することで、味のぶれに対しての解決策を思いついたのです。それは、味見して美味しくないと感じたら「砂糖」を入れることでした。

これがビンゴ! あれほど悩んでいた味のぶれが、調理テクニックではなくて、砂糖をちょっと入れることで一発で解消したんです。つまり、私が美味しくないと感じていた時の麻婆豆腐は、甘味が足りなかったのです。この解決策を思いついてから、麻婆豆腐を失敗することがなくなりました。しかし、そうなると新しい疑問が……。

砂糖を入れない時の甘辛い味とは?

そうです。砂糖を入れなくてもちゃんと甘辛い味になる時があるので、その違いが分からないのです。麻婆豆腐の甘味を生み出しているのは中華の甘味噌である甜麺醤ではあるのですが、入れる分量もそう違わないのに、何故ここまで味に違いが出るのか、さっぱり分からないのです。しかし、そこにも答えにたどり着けそうなヒントが、チャーシューにありました。

自家製のチャーシューを作っている時に、豚バラ肉の脂身部分をちょっと舐めた時、すごい甘味を感じたんです。甘味の要素となりそうな調味料は、みりんしか使っていません。しかも、ほんのちょっと。自分の味の記憶では、みりんだけではここまで強い甘味にはなりません。これはなんだろうと考えると、豚バラ肉の脂身が、甘味を強く感じる原因なんじゃないかと考えました。そういえば、先日砂糖なしでも美味しい麻婆豆腐が作れた時、油がたっぷり浮いた麻婆豆腐だったような気がします。油と甘味の関連性は、現時点ではまだ検証していないので明確な回答は出ていないのですが、麻婆豆腐の美味しさの真理にやっと辿り着くヒントが見つかったような気がします。もしかしたら、麻婆豆腐は赤身中心の豚挽肉よりも、脂身たっぷりの豚挽肉の方が美味しく出来るのかも?

私が迷い込んだ麻婆豆腐の迷宮、もう十数年近くさまよってますが、脱出するには、もうちょっと掛かりそうです。