我々はどのくらいレシピを覚える必要があるのか?


伊集院光が語る、データ圧縮で膨大なことを記憶するコツ「千種類の中華料理レシピを会得した周富徳の方法」 | 世界は数字で出来ている

昨年の4月に周富徳が亡くなりましたが、その時色んなエピソードが語られてましたね。料理の選抜試験でライバル達が豪華な料理を作る中、残り時間5分でアツアツの炒飯を一気に仕上げて見事合格したエピソードも最高に刺激的ですが、伊集院光がラジオで話していたレシピの覚え方についてのエピソードがまさに自分が考えてることとほぼ同じだったので、今更ですが語ってみたいと思います。

料理漫画なんかだと「俺の頭の中には数千数万のレシピが入っている」みたいなシーンを見かけたりしますが、それを見て私が若い頃に思ったのは、「料理人は、ひとつひとつの料理のレシピについて、使う材料、使う調味料、使う量、全部丸暗記しているのか。自分にはとても無理だな~」という感じでした。しかし、周富徳が話していたレシピの覚え方は、こんな感じ。

「(細かい)レシピは覚えていない」って言うのね。でも、「千種類の中華料理の味は覚えている。味と食べた記憶の見た目は覚えている。そうすると、自ずから『この味とこの色を出すには、これとこれが要る』ってことが分かる。その後は、中華料理のルールに従って、『この食材とこの食材は、こちらを先に入れる』とか、『これにこういう味をつけるには、この下ごしらえをする』って分かる」って言うのね。
※上記リンク先より引用

そうそう! そうなんですよね~。細かいレシピとか覚えてるはずがないんですよ。人間の記憶力には限界があるので、味とか見た目の記憶とかを軸にして、色んな情報をルールに沿ってパターン化していくと、無限にも思える料理のレシピがざっくりと覚えるだけで良くなるんですよね。この感覚は、一定レベル以上の料理人であれば誰しもが持っているはずだと思うんですが、それらについて具体的に語られたものを殆ど見かけないんですよね~。料理法をパターン化して四面体というモデルにした『料理の四面体』という名著がありますが、この方向性で似たような本がないか探してるんですけど、今のところ見つけてないです。

これらのことから、結局数千数万というレシピを丸暗記することに意味は無い、ということが分かります。「同じ味を再現する」という観点ではレシピは重要ですが、パターンで覚えて、覚えることを少なくしていくのが料理の覚える上でとても大事なんです。

私の中の感覚ですと「全ての料理は全部同じ作り方で作ってる」というイメージがあります。サラダも麻婆豆腐もカレーも、全部同じ作り方で作ってるんです。そんなバカな、と思うかもしれませんが、より正確に表現するなら「ひとつのプログラムで料理を作っている」という感じかもしれません。ひとつのプログラムがあって、そこに目指す料理、味、材料、調理法、手順なんかを入力して実行すると、勝手に目的の料理が出来上がる、みたいな感じです。これは自分がネットワークエンジニアなので、フローチャートで条件分岐するとかそういう考え方がしっくりきてるんだと思いますが、似たような感覚の人、絶対いると思います。

この私の頭の中にある料理プログラム、いずれ具体的な形に出来ればいいですねぇ。