雑誌コレクターとして、雑誌を否定する考えに至る


「雑誌の住人」というサイトなのに、雑誌の事をさっぱり語ってなかったので、このタイミングで語っておきましょう。

私は元々雑誌に魅せられてオタクになった口です。小学生の頃、近所のセブンイレブンでファミマガを立ち読みした時スーパーマリオの裏面9-1の記事が載っていて、何故かすごい衝撃を受けたんです。そこからゲーム雑誌を買い漁ったり、漫画雑誌の方も買い漁ったりと、雑誌の魅力に取り付かれていきました。コレクター魂も発動して現在は正確にはカウント出来ていないんですが、恐らく15000冊くらいのゲーム雑誌・漫画雑誌を個人で所蔵してます。今年の1月に引っ越した時は、ダンボールの数が400個近くになり、トラックは2トンのロングが2台でました。これでも引っ越し前にダブってるヤツとかもうコレクションしないと決めたヤツとか千冊単位で処分したんですが、まだまだ個人が所蔵する冊数としてはおかしな量です。

ちなみに2009年くらいからいったん雑誌の新規購入はストップしました。購入したいと思う雑誌の量が多すぎて、どれを購入したのかの管理が出来なくなったからです。整理整頓してて、同じ号のヤングアニマルが4冊出て来たときはどんだけ管理出来てなかったんだと自分に突っ込みましたね。

さっさと処分してしまえば楽になると分かっていても未だ捨てられない雑誌マニアで、雑誌マニアが高じて雑誌っぽい同人誌を作るまでに至った私ですが、去年くらいから雑誌に対してちょっと疑念が沸いてきました。ちょうど「現代は物事に対して無駄に情報が付加されまくってて、それが原因で世の中の事が分かりづらくなっている時代なんだなー」と言う考えが最近の私の主流になってきていて、その「物事に対して無駄に情報を付加しまくってた」のは雑誌だったんじゃないかなと思うようになってきました。雑誌マニアとしての自分の人生を根本的に否定するような考えです。もちろん情報を付加していたので新聞もテレビも一緒なんでしょうけど、私は雑多に情報を付加された雑誌の記事に踊らされてたような気がします。

私はずっと「全ての情報を知りたい」という欲求と「全ての情報にはそれぞれ意味や価値があって、それらを全て理解しなくてはならない」という強迫観念があったので、真逆の価値観から生まれた意見をどちらも理解しようとしてたんです。まぁ自分が愚かだった故に踊らされていたというだけの話なんですけどね。35歳くらいになってやっと物の見方が分かってきた気がします。やっと入り口に入れたかも~って程度ですけど。

ちょうどそんな事を考えてた頃にこんな記事を読みました。

☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.001 ☆ 「宇野常寛 インタビュー 雑誌文化の終焉とウェブカルチャーの転換期に」:ほぼ日刊惑星開発委員会:PLANETSチャンネル(PLANETS/第二次惑星開発委員会) – ニコニコチャンネル:エンタメ

やっぱりそうですよね。雑誌文化ってもうアレな感じですよね。役割を終えた、というのが正しいのかもしれないです。雑誌が担ってた役割は完全にネットに移ってて、雑誌よりも情報共有過多な状況になっているのでキュレーションなサービスが注目されてる訳ですがそれはまた別の話。

ただ、雑誌文化を否定したとしても、コレクションの整理は続けますし、足りない号は保管して、いずれは一般に公開してデータベースとして使って貰えるようにしたいと考えています。資料的な価値は生み出せるとは思うので。眠らせておくだけでは価値は生まれないですからね。今は料理がメイン活動となって久しいですが、整理整頓を終わらせるのは、30代の目標にしたいと思います。